大判例

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大分地方裁判所 昭和57年(ワ)984号 判決

原告 甲野一郎

右法定代理人親権者父 甲野太郎

同母 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 小林達也

被告 別府市

右代表者市長 脇屋長可

右訴訟代理人弁護士 高谷盛夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四二一一万三八一五円及び内金三八一一万三八一五円に対する昭和五五年二月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  条件付仮執行免脱宣言

第二当事者双方の事実上の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 原告は、別府市立西小学校第五学年一組に在籍していた者であったが、昭和五五年二月一五日午後二時五〇分ころ、体育の授業として、同クラス全員によるサッカー競技中、生徒の一人が蹴ったサッカーボールが左眼に当った。

(二) 原告は、右により左眼に外傷性虹彩炎黄斑部孔形成の傷害を受けた。しかも左眼の神経が切断されたため、左眼には金環触様に眼の中心部では真暗で何も見えず、僅かに周辺部で光を感ずる程度の失明同様の後遺症が残った。

2  責任原因

(一) 担当教師の過失

小学校の体育授業においては危険防止、安全性に十分に留意し、この目的に合致する方法を選択し、かつその指導が行われるべきところ、本件事故においては、担当教師には次のとおりの過失がある。

(1) 本件授業においては、ゴム製のサッカーボールが使用されたため、ボールが原告の眼に当った際、ゴム製ゆえにそのゴムが眼球に達してこれを圧迫し、眼底神経の切断まで招来したものである。従って、担当教師としては、このような危険を生ずることがないように皮製のボールを使用すべきであったのに、ゴム製のボールを使用した過失がある。

(2) 児童に対するサッカーゲームの授業方法は、各児童の能力を考慮して力の均衡のとれたチーム編成をし、一チーム七ないし九名に制限し、きちんと各人のポジションを決めて役割分担をさせたうえゲームをさせるべきである。然るに、本件担任教師は、右の配慮を全くせず、漫然と同クラス全員を児童自身に二分させて一チーム一五ないし一七名のチームを編成させ、ポジションも決めないままゲームを行わせた。その結果、大幅に能力差のある各児童がバラバラにボールに向い、誰がどのような行動をとるか全く予測できない状態でゲームが進行したため、本件事故となったものである。

(3) また、サッカーゲームの前に、危険防止のため足を高く上げて蹴ったり、狭い個所で力一杯蹴ることのないよう十分な注意をし、また基礎的練習を十分繰返したうえでゲームに入るべきであるのに、かかる注意や十分な練習がなされないままゲームに入ったものである。

(二) 被告の責任

本件担当教師荒金峰子は、被告の教育事務に従事する公務員であり、その職務を行うにつき前記過失があったのであるから、被告は、国家賠償法一条によって、原告に対し原告の損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益 金三一一一万三八一五円

原告は、本件事故当時一一才の男子で、就労可能年数四九年、労働能力喪失率四五パーセント(前記後遺症障害は自賠法施行令別表障害等級八級相当)とし、全年令男子平均給与月額二八万一六〇〇円及び新ホフマン係数によって計算すると、右金額となる。

(二) 後遺症に対する慰謝料 金七〇〇万円

(三) 弁護士費用 金四〇〇万円

4  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、原告の損害額計金四二一一万三八一五円及び内弁護士費用を除く金三八一一万三八一五円につき本件事故の翌日である昭和五五年二月一六日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は認める。同(二)の事実中傷害の点は認めるが、その余は知らない。

2  同2の(一)のうち、(1)のゴムボールを使用した点、(2)のクラス全員を二班に分けてポジションを決めずにゲームをさせた点及び(3)の足を高く上げて蹴ってはいけないことを注意しなかった点はいずれも認めるが、その余は否認する。同(二)のうち、担当教師荒金が公務員であることは認め、その余は否認する。

3  同3の各事実は否認ないし争う。

4  被告の主張

(一) 担当教師荒金は、サッカー授業を行うにつき、常々危険防止のためボールから目を離さないよう注意し、事故当日の授業においては主として簡単なルールを覚えさせるためにゲーム形成をとったもので、必要に応じゲームを中断させてルールの説明を行ってきた。

(二) サッカー授業における危険防止の観点から、使用ボールがゴム製か皮製かで差異はなく、小学校の授業では殆んどゴム製が使用されている。

(三) 本件は、ころがり出たボールを原告ら数名が追っかけていたが、ころがってきたボールの付近にいた女の子が相手側に向け蹴ったところ、追っかけてきた児童の先頭にいた原告の顔面に当り、受傷したもので、その女の子と原告との間隔は二メートルあり、蹴ったボールもさほど強いものではなかった。

三  被告の抗弁

原告は、本件事故の損害補償金として、昭和五六年九月三日、日本学校安全会から金一七五万円を受領している。

四  抗弁に対する原告の認否

認める。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の(一)の事実については争いがなく、また《証拠省略》によれば、請求原因1の(二)の事実(但し、失明同様の点は除く)を認めることができる。

二  担当教師の過失について

1  原告は、本件事故(特に眼球傷害)が生ずる原因となったゴム製のサッカーボールは危険であるから、本件サッカーの授業では皮製ボールを使用すべきであったと主張する。たしかに、《証拠省略》によれば、皮製ボールであれば眼に当っても眼窩によって眼球を防禦できるが、ゴム製ボールは柔らかでかつ弾性があるため、歪を生じて眼球を圧迫することも考えられ、原告の本件負傷も右の様な態様によって生じた可能性があることが認められる。しかし他方《証拠省略》によれば、一般に小学校のサッカー授業では殆んどゴム製が使用されていること、ゴム製の方が前記のように柔かく弾力性があるため、人体に当っても痛さが弱いしその衝撃も少いこと、年少者のサッカーゲームや練習においても眼に当って負傷するような事故は殆んど存しないことが認められる(右認定に反する証拠はない)から、小学生を対象とする本件サッカー授業において、ボールが未成熟な児童に当ったときの衝撃等に伴う危険防止その他の全体的総合的観点からして、ゴム製ボール以上に皮製ボールがより安全であるものとは一概に断定できず、従って、担当教師に、本件事故を予測して皮製ボールを使用すべきであったとする注意義務が存するとまではいえず、原告の右主張は採用できない。

2  次に原告は、本件サッカーゲームを実施するには、一チーム七ないし九名の少人数で、能力を考慮し均衡のとれたチーム編成をし、かつポジションを決め、役割分担をさせて実施すべきであったのに、担当教師荒金はこれを怠った旨主張する。《証拠省略》によれば、文部省の体育学習指導要領に準拠する体育教科書及び指導書には、小学校五年生のサッカー授業においては、概ね七ないし九名を一グループとし、これらグループ内で役割分担をし、ポジションを決めて練習ないしゲームをする方法が例示されていること、小人数でかつポジションを決めてゲームを行う場合、各人がポジションの趣旨を十分理解し、実践すれば、密集状態で人体の接触による危険が生じにくいことが認められるところ、荒金教師は、本件ゲームをやるに際し、三〇名余りのクラス全員を二班に分け、一チーム一五名以上の多数でかつポジションを決めることなくゲームを実施させたことについては当事者間に争いはない。

しかしながら、右指導書等は、一チームの人数につき七ないし九名を適数としているに過ぎず、右の人数に制限すべきことを求めているわけでなく、また《証拠省略》によれば、ポジションを決め、これに忠実にゲームを展開することはある程度の高い技能を要求されるのであり、サッカーにさほど経験のない児童に対し、例えポジションを決めてやっても、結局は各人が蹴りたい一心で全員がボールに密集することになり、そもそも能力的にポジションの意味を理解させるのは困難であるし、その効果もなく、ゴールキーパーのみを決める程度に止めざるをえないこと、本件ゲームはクラスの男女全員を二班に分けてチーム編成をしているのであるが、ゲーム中女生徒は概ねゴール付近や集団から離れた場所に位置し、ボールを追う集団には参加しないのが通常であって、右ゲームでも実際は参加者の半数以下の一チーム七、八名程度の男子生徒が右集団を形成するに止まることが認められ(右認定に反する証拠はない)、右事実によれば、例えポジション設定や前記指導書のとおりに一チーム七、八名程度に人数を限ってゲームを実施しても、危険なプレーが少くなるとも、また危険を回避できるとも考えられず、従って原告の主張するような注意義務及び過失が存したものとは認められない。

3  原告は、更にまた、担当教師としては、危険なボールの蹴り方につき児童に対し十分注意を与え、基礎的練習を反覆したうえゲームを実施させるべきであった旨主張する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  小学校体育の授業においては、四年生でライン・サッカーと称する(ゴールポストがなく、相手方ラインがこれに代るゴールとなる以外)ほぼサッカーと類似の授業がなされ、同学年でサッカーゲームの大要を修得することになる。

(二)  荒金教師担当のクラスのサッカー授業は、本件事故当日のそれが第三時間目であり、同教師は、第一時間目はボールキックの方法を教授したうえゴールポストに向けてキックの練習を、第二時間目はゴールキーパーに向けてランニングキックの練習を、それぞれ行わせた。

(三)  原告は、小学五年生の春からサッカースポーツ少年団に入り、週四日一日二時間のサッカー練習を本件当時まで約一年弱反覆してきた少年で、クラスでは最もサッカー技能に優れ、前記キック練習でも荒金教師の指示で模範演技を披露したほどであった。

(四)  荒金教師は、本件事故当日は、ゲーム形式をとり、その中でサッカーのルールやゲームのやり方を適宜教授する考えで授業を行ったもので、そのゲーム途中常に児童の行動やゲームの流れを注視し、その指導監督を行っていたものである。

(五)  原告は、そのゲーム途中、密集から蹴り出されたボールを追う数名の児童の先頭に立ってこれを追つかけていたところ、相手陣ゴールポスト付近にいた女子がそこに転がってきたボールを原告の手前約二メートルの位置からまともに蹴返したため、そのボールを左眼に受ける結果となったものである。ただ右女子の蹴ったボールはごく通常の勢いのものであった。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、体育授業としてのサッカーゲームに際し、担当教師としては、ゲーム中の危険防止に十分な注意をすべきことは勿論のことであり、ことに、密集の中で相手の身体を蹴る危険のある蹴り方や児童に負傷を生じさせるような身体の接触等のいわゆるラフプレーを禁止するなど、これらに十分な注意を払って事故回避に努むべき注意義務があることはもとよりのことである。そうして、原告が注意すべきと主張する足を高く上げて蹴ることや狭い個所で力一杯蹴ることは、とりもなおさず他の児童の身体を蹴る危険を招来する可能性が大きな蹴り方ということになるから、担当教師としてこれに十分注意し児童を指導すべきことはもとよりのことと考えられる。

しかし、本件においては、前認定(五)のとおり、当該女子は、決して右のような蹴り方をしたわけではなく、自陣営に転ってきたボールを敵陣に向って夢中で蹴り返したのが、偶然、追っかけてきた原告の顔面に当ったというのが実情である。サッカーゲームは相手ゴールポストに向けてボールを蹴ることがゲームの基本的な事柄であるから、ボールを蹴返すことも絶えず反覆されるプレーであり、この場合ボールのコントロールが悪く、そこに駆け寄った相手方児童にボールが当ることもよく起り易い事態である。すなわち、このようにして蹴られたボールが他の児童に当る事態(これを危険といっても差つかえないが)を当然予測しながら、なおサッカー・ゲームが児童の体育授業として肯認されているもので、この程度の危険(児童の体育といっても、すべてなにがしかの危険の存在は避け難く、安全性が完全に保障されているわけではなく、事故の発生を完全に防止できるとは限らない。)の存在が、体育授業に参加する児童に危険予知やその回避能力を養成し社会生活上必要なものを体得するという児童の体育授業の意義や効用に寄与するものというべきである。従って右のような程度の危険が存するからといって、ボールを蹴返すことを禁ずるとすれば、サッカー・ゲームは成り立たないことが明らかである。前認定のように、本件においては、このようにボールを蹴返したものであって、その女子がとりたてて危険な蹴り方をしたものとも断じ難い。不幸にして原告に重大な結果をもたらしはしたものの、その結果は決して原告が禁止すべきと主張するような蹴り方に起因するものではない。また主張のように基礎的練習を十分繰返したうえゲームを開始すべき注意義務があるとする証拠も存しない。従って本件過失の主張も採用できない。

三  以上のとおり、本件において担当教師荒金の過失を認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、請求原因は理由がない。

四  よって、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川本隆 裁判官 山下郁夫 小久保孝雄)

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